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大分地方裁判所 平成10年(ワ)442号 判決 1999年12月21日

原告

古長敦

原告

鶴田英美

右原告ら訴訟代理人弁護士

柴田圭一

被告

松田砂利工業有限会社

右代表者代表取締役

松田忠人

右訴訟代理人弁護士

岩崎哲朗

岡村邦彦

主文

一  被告は、原告古長敦に対し金一五万八一八五円、原告鶴田英美に対し金一七万〇〇一〇円及びこれらに対するいずれも平成一〇年八月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告古長敦に対し金七四万二五三一円、原告鶴田英美に対し金一〇五万三四三〇円及びこれらに対するいずれも平成一〇年八月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員である原告らが、週四〇時間労働制に伴って被告が変更した就業規則の内容は、休日を二日増やした結果、日給制である原告らが受け取る一か月分の給料の額が減るし、交替労働制を採用したため、それまで残業となった時間帯も就業時間に組込まれるなど原告らの既得の権利を侵害し、一方的に労働条件を不利益に変更するものであり、その変更に合理性もないから、変更後の新就業規則の効力は原告らに及ばないとし、また、原告ら従業員と被告との間で合意された仕業点検手当及び昼休み手当を廃止したのも無効であると主張して、平成九年四月一日から同年六月三〇日まで受け取っていた賃金と新就業規則実施後の賃金との差額の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告は、肩書地に本店を、大分市元町下鴨五〇五六に工場をそれぞれ置き、生コンクリートミキサー車一五台、ダンプカー五台、バラセメント車一台、クレーン車一台及び建設機械六台を保有し、従業員一九名を雇用して、生コンクリートの製造販売等を主たる業務としている有限会社である。

(二) 原告古長敦(以下「古長」という)は、昭和五一年三月に生コンクリートミキサー車及びダンプカーの運転手として、原告鶴田英美(以下「鶴田」という)は、昭和五三年に同様の運転手としてそれぞれ被告に雇用された者である。右両名は、いずれも全国自動車交通労働組合総連合大分地方連合会大分地区自動車交通労働組合(略称「大自交」)の組合員であり、大自交松田砂利分会を組織している。

2  被告における勤務体系の変更の経緯

(一) 昭和五三年一一月七日実施の就業規則(以下「旧就業規則」という)では次のとおりであった。

(1) 勤務時間 午前七時三〇分から午後四時三〇分まで

(2) 休憩時間 午前一一時三〇分から一時間

(3) 休日 日曜日、盆休み(八月中旬に連続して三日間)及び年末年始(一二月三一日から一月四日まで)

(労働時間は一日八時間、一週間四八時間)

(二) 労働基準法(以下「法」という)の改正により、労働時間の短縮が段階的に実施されてきたことに伴って、平成三年一〇月から、被告においても、労働時間が一日七時間四〇分、一週四六時間となった。

(三) 平成六年五月から、労働時間が一日七時間二〇分、一週四四時間となり、勤務時間は、午前七時五〇分から午後四時一〇分となった(以下、同月から次の就業規則変更までの勤務体系を「旧勤務体系」という)。

(四) 平成九年(以下、特記しない限り、日時はいずれも平成九年である)四月一日から法の改正により労働時間が一週四〇時間となったことに伴い、旧就業規則を変更した就業規則(以下「本件就業規則」といい、これに基づく勤務体系を「新勤務体系」という)を制定し、七月一日から実施した。

本件就業規則においては、一か月単位の変形労働時間制とし、<1>勤務時間を午前八時から午後四時まで、休憩時間を午前一一時三〇分から一時間とする早番勤務と、勤務時間を午前九時から午後五時まで、休憩時間を午後〇時三〇分から一時間とする遅番勤務との二組を一か月毎に交替させることとするとともに、<2>旧就業規則で定めていたもののほかに、一か月に二日の休日を設けることにした。

3  本件就業規則の制定、実施に伴う労働条件の変更

(一) 従業員の一日の勤務時間は短縮され、一か月の休日も二日増えたが、他方、原告らを含む日給制の従業員は一か月当たり二日分の給料が受給できなくなった。しかし、月給制の従業員(全従業員の内四名の者)は、本件就業規則の制定、実施によっても給料は減額されていない。

(二) 旧就業規則では、全ての従業員が同じ勤務時間で働き、一斉に休憩時間に入っていたが、交替労働制を採用したため、全ての従業員が同じ時間に働き、同じ時間に一斉休憩を採ることができなくなった。

(三) 旧就業規則の下では、一時間の休憩時間のうち四五分間については待機時間とされ、待機手当(以下「昼休み手当」という)が給料の一部として支払われていたが、七月一日からこれが廃止された。

(四) 旧就業規則の下では、午前七時五〇分出勤前の五分間について、残業手当(以下「仕業点検手当」という)が支給されていたが、七月一日からこれが廃止された。

4  旧就業規則に基づく原告らの四月一日から六月三〇日までの給料は、別紙一覧表(一)、(二)記載のとおりであり、その一か月の平均給料額は、古長については金三三万八九五四円、鶴田については金三四万一八四八円である。

これに対し、本件就業規則に基づく原告らの七月一日から平成一〇年六月三〇日までの給料は、別紙一覧表(三)、(四)記載のとおりである。なお、原告らの給料は、毎月月末締めの翌五日払いとなっている。

二  争点

1  本件就業規則が不利益変更に当たるか及びその合理性の有無

(原告らの主張)

(一) 本件就業規則により、原告らの賃金は、<1>その賃金支払が日給制であるため、月の休日が二日増えたことにより、その分減額され、また、<2>遅番勤務の場合にそれまで残業となっていた午後四時一〇分から午後五時までの勤務が残業とならないことになってこれに対応する残業手当相当分が減額された。また、これまでの、働く者全てが同じ始業時間、退業時間及び休憩時間で働き、また年間を通じてその時間が変わることもなく、働く者同士の連携もとりやすく、年間を通じての生活設計も立てやすいという利益が損なわれることになったのであるから、労働条件の不利益変更に当たる。

(二) そして、週四〇時間労働制への時間短縮は、賃下げなき短縮が原則であり、加えて、被告代表者等は、六月三〇日に原告ら従業員に対して就業規則の変更によって賃金を下げることはしない旨約束したこと、週四〇時間労働制が実施されても一か月の賃金合計額が減額されることのない月給制の従業員がいることからして、本件就業規則による前記のような変更には、必要性も合理性もない。

(被告の主張)

(一) 本件就業規則制定の経緯

四月一日から、法により、週四〇時間労働制が実施されるに至ったが、被告は旧勤務体系のままで営業を続けていた。ところが、被告は、原告らの申立てにより、大分労働基準監督署(以下「監督署」という)の立入検査を受け、週四〇時間を超える労働に対して割増賃金を支払うよう勧告を受けると同時に、週四〇時間労働実施のため、就業規則を整備して届け出るよう指導を受けた。そこで、右指導に従い、週四〇時間労働制を実施するために、被告において旧就業規則を変更し、七月一日から施行したのが本件就業規則である。

(二) 本件就業規則の不利益変更性及び合理性について

(1) 本件就業規則は、従前に比較して、一日当たりの労働時間を短縮し、休日を増加させたにすぎず、賃金については基本日額に変更はない。

労働時間が減少することにより時給制の労働者の賃金が減少すること、あるいは休日が減少することによって日給制の労働者の賃金が減少することは、当然に賃金の減額にならないとされている。なぜなら、右賃金の減少は、賃金計算の基礎となっている期間の減少により当該減少期間分の賃金請求権が発生しないというにすぎないからである。したがって、日給制である原告らについて、就労日数の減少が賃金の減少をもたらした場合は、賃金の減額とはならない。

また、労働者は、一日七時間又は週四〇時間を超える労働については、時間外労働として割増賃金を受けられることになり、時間外手当支給の可能性が増加しており、原告らに有利な変更である。そして、労働者が始業時間前に時間外労働をすれば、当然その分についての時間外手当の支払を請求することができ、遅番勤務の者が一時間早出残業をした場合の賃金額は、旧勤務体系において終業時間後に一時間残業した場合と異ならない。

さらに、本件就業規則では、一日の所定労働時間は七時間となり、旧勤務体系に比べて一日当たり二〇分、労働時間の約四・五パーセントが短縮されることになったが、賃金の基本日額に変更はないため、実質的には基本日額について約四・八パーセントの賃上げが実施されたと同等の効果が発生しているし、賃金を失うことなく短縮される労働時間は、一か月当たり八時間になる。

よって、右変更が不利益変更ということはできない。

(2) そして、本件就業規則は、法が強制する週四〇時間労働制実施及び違法な昼休みの待機時間の廃止のために旧就業規則を変更したものであり、絶対的な必要性がある。

休日を増やすことなく週四〇時間労働制を実施するためには、一日の所定労働時間を六時間四〇分とするか、原則七時間労働で週一日だけ五時間労働にするしかない。しかし、被告において、一日の所定労働時間を七時間以下とすることは不可能であり、週一日だけ五時間労働とした場合でも、この日の著しい事業効率の低下による生産性の悪化は免れない。また、賃金の日額を下げずに右の方法を採った場合、被告は、時短に伴う賃金のコストアップを負担した上で、更に事業効率の低下による生産性の悪化という二重の負担を強いられる。よって、被告においては、休日を増やすことなく、一日の所定労働時間を短縮する方法により週四〇時間労働制を達成することは不可能であり、過大な負担となる。

賃金を減額することなく週四〇時間労働制を実施した場合、一〇パーセントの実質的な賃上げを行う結果になり、被告のような中小企業において、不景気の中、高度成長期のような一〇パーセントもの賃上げを強制することは不可能を強いるに等しい。全面的な週四〇時間労働制への移行という措置は過去に例がなく、生産性の向上が困難な企業では、経営上深刻な事態に直面せざるを得ず、そこで、労働基準局も、労働時間の短縮に伴い、時間短縮に比例して賃金水準が低下しても、法に違反するとは言えないとの見解を示している。そうすると、一日の所定労働時間の短縮により、基本日額について四・八パーセントの実質的な賃上げを行い、週四〇時間労働制の実施に伴う実質的な賃金コストアップの約半分を吸収し、他方、労働者は、二日分の給料を失う反面二日の休日を得ているのであるから、本件就業規則には合理性がある。

2  旧勤務体系の下で支給されていた仕業点検手当及び昼休み手当の請求の可否

(原告の主張)

(一) 始業開始前に行う仕業点検について、時間外手当と同額の仕業点検手当を支払うことは、被告と原告ら従業員との合意に基づくもので、被告における一つの制度であったものである。このような制度を被告が一方的に廃止し、原告ら従業員の既得権を奪うことはできない。

(二) 昼休み時間中の四五分間については、待機時間とし、原告ら従業員の賃金を増額する生活保障的意味合いで支払うことを原告ら従業員と被告とが合意したのであるから、これを一方的に被告が取りやめ、支払わないことは認められない。被告は、昼休み時間中に働く者を待機させるのは違法である旨主張するが、法三六条の労使協定の範囲内であれば、昼休み休憩中であっても、労働者を待機させることは違法ではない。

(被告の主張)

(一) そもそも、労働者には、時間外労働を求める権利はないから、従来支給されていた時間外手当は既得の権利ということはできず、また、現実に時間外勤務を行っていない以上、時間外手当の請求権自体発生しない。

(二) 被告では、得意先からの注文によって、昼休み時間中でも生コンを現場に届ける必要が生じる場合があり、そのため、従来は昼休み一時間のうち四五分間を待機時間として従業員を待機させ、右必要に対応していた。しかし、この取扱いは、法三四条に違反することになるため、本件就業規則により、労働者を二班に分け、昼休み時間を一時間ずらせることにより、右違法状態を解消し、かつ事業上の必要にも対応できる態勢にしたものであって、右変更も違法状態を解消するという意味で必要性があり、週四〇時間労働制の導入により一日の労働時間は短縮しており、右変更により原則として昼休み時間は一時間が与えられ、自由に昼休みが使えるようになり、右変更は、従業員にとって有利な変更であって、変更の内容は相当性を有する。

3  なお、原告らが未払であると主張している給料の内訳は、以下のとおりである。

(一) 月の休日が二日増えたことによる未払分

古長の七月一日から平成一〇年六月三〇日までの日給額は九三〇五円であるから、一か月の未払給料額は一万八六一〇円となり、一年間の未払給料額は二二万三三二〇円である。同じく鶴田の日給額は九四四五円であり、一か月については一万八八九〇円で、一年間の分は二二万六六八〇円である。

(二) 午後四時一〇分から午後五時までの分が時間外労働とならないことによる未払分

古長の六月三〇日までの日給額は九一七三円であるから、一分間の時間外手当は、これを四四〇分(七時間二〇分)で割った額に〇・二五を掛けた金約五円であり、五〇分間のそれは約二五〇円である。そして、七月一日から平成一〇年六月三〇日までの間、古長が遅番勤務の月に午後五時まで働いたのは一一六日であるから、二万九〇〇〇円となる。

同じく鶴田の一分間の時間外手当も、日給額が違うものの約五円であり、鶴田が右期間遅番勤務の月に午後五時まで働いたのは一三一日であるから、三万二七五〇円となる。

(三) 仕業点検手当を廃止したことによる未払分

古長の出勤日一日当たりの未払分は、前記日給額九一七三円を四四〇分で割り、一・二五を掛けた上、仕業点検時間の五分を掛けると、一日当たり約一三〇円となり、七月一日から平成一〇年六月三〇日までの出勤日数(遅刻していないもの)二六三日を掛けると三万四一九〇円となる。また、鶴田については、一日当たり一三二円となり、それに同じく出勤日数(遅刻していないもの)二六四日を掛けると三万四八四八円となる。

(四) 昼休み手当を廃止したことによる未払分

古長の出勤日一日分の未払分は、前記日給額九一七三円を四四〇分で割り、一・二五を掛けた上、昼休み待機時間の四五分を掛けると、一日当たり約一一七二円となり、七月一日から平成一〇年六月三〇日までの昼休み休憩時間中に出勤している二六三日を掛けると三〇万八二三六円となる。また、鶴田については、一日当たり約一一九〇円となり、それに昼休み休憩時間中に出勤している二六四日を掛けると三一万四一六〇円となる。

第三当裁判所の判断

一  本件就業規則制定の経緯等

前記争いのない事実に、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はいずれも採用できない。

1  四月からの週四〇時間労働制移行に伴い、被告においては、一年単位の変形労働時間制を実施することにより週四〇時間制を実現することとし、四月下旬、従業員に対し、一日の所定労働時間を七時間一〇分、勤務時間を午前八時から午後四時一〇分まで、休憩時間を午前一一時三〇分から一時間とする早番勤務と、勤務時間を午前八時五〇分から午後五時まで、休憩時間を午後〇時三〇分から一時間とする遅番勤務との二組を作り、これを一年毎に交替させるものとし、休日については、旧就業規則で定めていたもののほかに、国民の祝日等を休日としてこれを増加させる旨の提案をして協定を締結しようとした。

2  ところが、原告らは、他の従業員らとも検討した結果、日給制の者は休日が増える分賃下げになり、また、夕方の残業手当相当分が減るということを理由にその提案を拒絶したため、右協定を締結するには至らなかった。

3  その後も、被告においては、旧勤務体系での営業を続けていたところ、原告らの申立てにより監督署が被告の立入検査をし、その結果、被告は、監督署より、六月二〇日付けで、週四〇時間を超える労働に対して割増賃金を支払うよう是正勧告を受けると同時に、週四〇時間労働制実施のため就業規則を整備して届け出るように指導を受けた。

4  そこで、被告において、週四〇時間労働制を実施するため、旧就業規則の変更を検討した結果、一日の労働時間を七時間と設定すると、なお月に二日の休日を要するため、これを増やし、昼休み時間中でも得意先であるゼネコンからの注文に応じて生コンを現場に届ける必要が生じる場合があり、それまで昼休み時間のうち四五分間を待機時間として従業員を待機させてこれに対応していたところ、労働者を二班に分け、昼休み時間を一時間ずらせることにより対応する態勢にすることとして、本件就業規則を作成した。

5  そして、六月三〇日、被告の代表取締役松田忠人(以下「松田」という)が、被告の経理事務員である松田の妻(以下「経理事務員」という)、松田健治工場長、原告ら従業員約一六名が出席した朝礼の場において、本件就業規則について、従業員らに対し、一か月単位の変形労働時間制を採用し、遅番勤務、早番勤務に分け、また日曜日以外に二日間休日を増やす等と説明した上、七月一日から実施したい旨述べた。そこで、古長が、日給制の場合、二日分の賃金が下がるし、二交替制では残業も大きく減るのではないかと質問したところ、経理事務員が賃金は下がらないように計算し直している途中である旨返答したため、古長は賃金が下がらないのであればよいと述べ、さらに、松田は、この方法で実施し、お互い悪い点があれば考えればよい旨発言して朝礼は終了した。

6  そして、被告は、七月一日から本件就業規則を実施するとともに、本件就業規則に記載する労働条件に基づいて本件就業規則の案に異議なく同意する旨の従業員代表徳丸吉男(以下「徳丸」という)名義の六月二八日付けの意見書とともに、七月八日、監督署署長に就業規則変更届を提出した。

なお、原告ら従業員は、右意見書提出について、徳丸を従業員代表に選任したことはない。

7  七月一日以降の原告らの日給額は、古長が九三〇五円、鶴田が九四四五円である(七月にベースアップがあった)。

二  争点1について

1  新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由としてその適用を拒むことは許されない。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応等を総合考慮して判断すべきである。

2  休日の増加について

(一) 不利益変更の有無について

前記争いのない事実によれば、原告らの基本給は一日当たりの定額給(日給制)であるため、休日が増えるとその分の日給が得られず、毎月支払われる賃金も減少するものである。ところで、原告らは被告から日々雇傭されているわけではなく、継続して雇傭されているのであるから、原告らが、旧就業規則の下において、盆と年末年始の特別の時期を除いて、日曜日以外は勤務し、その分日給が得られると期待することも合理的であるということができる。しかるに前記争いのない事実によれば、本件就業規則は、旧就業規則で定めていたもののほかに、一か月に二日の休日を設け、これにより、原告らは、右休日分の基本給を受け取ることができなくなったのであるから、右休日を増加させることは、原告らにとっては、労働条件を不利益に変更するものであるというべきである。

なお、被告は、本件就業規則は賃金の基本日額に変更はなく、休日の増加により就労日数が減少した結果として原告ら日給制の従業員に賃金の減少をもたらしたにすぎず、賃金の減額ではなく、不利益変更とならない旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、原告らは、日給制とはいえ被告に継続して雇傭されており、賃金の基本日額のみならず、労働日数も含めて労働契約が成立しているのであり、労働者にとっての賃金の重要性にかんがみると、これらを掛け合わせることによって算出される一か月の賃金の額を含めて合意しているとみるべきものである。したがって、本件就業規則が賃金を直接減少させるという意味での賃金の減額ではないとしても、休日の増加により、原告らの一か月の賃金が減少することは、不利益変更に当たるというべきであって、被告の前記主張は理由がない。

(二) 本件変更の合理性の有無

前記不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであるから、これを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合にのみ、本件就業規則はその効力を生ずるものと解するのが相当である。

まず、前記第二、一4で認定したところによれば、本件就業規則により、一か月の賃金は、古長で一万八六一〇円、鶴田で一万八八九〇円のそれぞれ減額となるべきもので、原告らに及ぼす経済的不利益の程度は相当大きいものである。

他方、週四〇時間労働制を実施するために、被告において労働時間の配分を統一的、画一的に行うべく就業規則を変更する必要性が生じたことが認められる。しかし、これを実施するための方策としては、一日の労働時間を短くして休日を増やさない方法もあるところ、被告は、休日を増加させないで週四〇時間労働制を導入すると、一日の労働時間が七時間以下となる日が生じ、事業効率が著しく低下すると主張し、松田もこれに沿う供述をするが、その内容は抽象的であって、右主張を具体的に認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり、原告らの被る不利益の程度は大きい上、週四〇時間労働制実施のために休日を一か月に二日増加させることが必要とまでは認められないし、原告ら従業員と被告とは、週四〇時間労働制実施に際して、原告ら日給制従業員の一か月の賃金を減少させないことを前提としていたと認められ(なお、被告代表者は、前記朝礼の際には、所定内賃金を減額しない趣旨で答えたとも供述するが、右供述はそれ自体極めてあいまいであるし、前記認定のとおり、それ以前に従業員らは、休日が増加することにより、一か月の賃金が減少することに反対する意向を表わし、これを受けて被告としても就業規則を再検討した経緯にも照らし、到底信用することができない)、経理事務員等月給制の従業員については、休日の増加によっても一か月の賃金は減少しない。そうすると、前記認定のとおり、本件就業規則によって休日が増え、一日の労働時間が七時間二〇分から七時間に短縮し、また、その結果、日給制の原告らにとっては基本日額に変更がないため時間単位当たりの賃金が約四・八パーセント上昇した(短縮された労働時間二〇分が短縮後の労働時間七時間に占める割合分賃金が上昇したことになる)という事情を考慮しても、前記で説示したような合理性を認めることはできない。したがって、月に休日を二日増やすという本件就業規則の条項は、原告らに対してはその効力を生じないものというべきであり、被告は、原告らに対し、休日の増加により減少した勤務日数分の日給を支払う義務がある。

3  交替制勤務及び勤務時間について

(一) 前記第二、一のとおり、本件就業規則により、旧勤務体系の下では時間外労働として時間外手当が支給されていた午後四時一〇分から午後五時までの労働が、遅番勤務の場合、所定労働時間内の労働となり、時間外手当が支給されなくなった。

しかしながら、そもそも労働者が時間外労働を要求することは権利として認められるものではないし、また、一日の所定労働時間が二〇分短縮されたことは前記のとおりであるから、その反面として時間外労働が生じる可能性は大きくなったというべきであり、現に、証拠(略)によれば、本件就業規則の実施前には、原告らは前記時間に時間外労働をするのは常態に近いことが認められるものの、午後五時前までの時間外勤務である場合も散見されるし、本件就業規則の実施後、始業時間前の早出残業がかなりなされていることが認められる。したがって、午後四時一〇分から午後五時までの時間のみを捉えて、この時間の時間外手当の支給を受けられなくなったことを不利益変更ということはできない。

(二) また、交替制勤務によって、全従業員が同一時間に休憩をとることができなるなる上、早番勤務と遅番勤務が一か月毎に交替することにより、生活時間が一定しないという支障が生じることも否定し難い。しかしながら、これは、得意先であるゼネコンからの注文に応じて、昼休み時間中でも生コンを現場に届ける必要が生じる場合があるため、昼休み時間を一時間ずらせてこれに対応できる態勢にしたものであるから、その必要性を認めることができる。したがって、前記のような原告らの被る支障が不利益に当たるとしても、その程度及び右の必要性を考慮すると、前記の交替制には十分な合理性があるということができる。

三  争点2について

原告らは、<1>昼休み時間のうち四五分を待機時間として時間外手当を支給すること及び、<2>始業時間前の五分について仕業点検として時間外手当を支給することが被告との間で合意されていたとし、新勤務体系に移行してこれらが支給されなくなったとして、これらの合意に基づき、これら時間外手当の支払を求めるものと解される。

しかしながら、右<1>の合意は、法三四条に違反し無効であるから、同合意自体に基づいて時間外手当の支払を求めることはできないというべきである。なお、原告らは、同条は片面的強行法規であって、労働者が同意する限り、右<1>の合意は有効である旨主張するが、独自の見解というほかなく、到底採用することができない。また、原告らは、昼休み手当は生活保障的な意味合いを有していたとも主張するが、少なくとも原告らについては、右待機時間中、勤務に就いていたことが多かったことが認められる(古長、鶴田各本人)から、右主張も認めることができない。

そして、右<2>の合意については、かつて仕業点検の時間は一〇分であった(書証略及び古長、被告代表者各本人)ところ、被告が一方的にこれを五分としたことも考慮すると、被告が従業員に対し、包括的に勤務時間前の仕業点検を命じ、その対価として時間外手当が支給されていたというにすぎないとみるべきである。そうすると、そもそも仕業点検手当の請求の根拠となる具体的な合意の成立を認めることができないから、同合意に基づく請求は理由がないことは明らかであるし、労働者には時間外勤務を要求する権利はないから、新勤務体系において、仕業点検手当の支給を請求することはできない。

四  そこで、原告らが求める平成九年七月から平成一〇年六月までの期間について、本件就業規則の実施に伴う休日の増加による原告らの賃金の減少額を算出する。

前記第二、一4認定のとおり、右期間の日給は、古長が九三〇五円、鶴田が九四四五円であり、右期間について旧勤務体系における休日と比較すると、古長については一七日(休日出勤等により、平成九年八月、同年一二月、平成一〇年一ないし三月については、必ずしも勤務日数が一か月に二日減少してはいない)、鶴田については一八日(平成九年八月、同年一二月、平成一〇年一月、同年三月については同様に勤務日数が一か月に二日減少してはいない)それぞれ勤務日数が減少していることが認められる(書証略)。したがって、右期間における、本件就業規則に基づく賃金と旧勤務体系に基づくそれとの差額は、古長について一五万八一八五円、鶴田について一七万〇〇一〇円となる。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、古長について金一五万八一八五円、鶴田については金一七万〇〇一〇円と、これらに対するいずれも本訴状送達の日の翌日である平成一〇年八月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員のそれぞれ支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の各請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年九月一四日)

(裁判長裁判官 須田啓之 裁判官 脇由紀 裁判官 秋信治也)

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